東京スポーツ『球界平成裏面史11/落合・清原移籍騒動の巻③』 渡辺・読売新聞社社長の激怒発言を伝えたスポーツニッポン:1996年11月26日付1面 紛糾に紛糾を重ねた〝落合・清原移籍騒動〟は、またしてもこの人の一喝によって急速に収束へ向かった。 平成時代のプロ野球を振り返る巨人編の3回目。いまではファンもマスコミもほとんど語ろうとしない堀内監督時代の2年間、平成16〜17年(2004〜2005年)にスポットを当ててみました。, 当時、球界で最大のトピックと言えば、球界再編、選手会ストライキ、近鉄消滅&楽天誕生。そうした中、巨人に軸足を置いていた私にとって、最も印象に残っているのは、清原と堀内監督の対立と確執なのです。, 純粋でまっとうな野球取材とは言えないかもしれないけど、当時の揉め事の数々はとにかく面白かった!なにしろ、あの清原がキャンプから二軍スタートを強いられて、宮崎のファーム専用宿舎に寝泊まりし、まだ建設途中だった清武の球場で練習をさせられ、ものすごい形相でバットを振り込んでたんだから。, 現在はオリックスがキャンプをしている清武も、当時は球場にあるべきはずの本部席もプレスルームもない、ほとんどただの野っ原。広報担当の香坂さんは宮崎市と掛け合い、球場の前にプレハブ小屋を建て、われわれ記者に仕事や食事をさせてくれました。, あれは、球団広報の歴史に残すべき卓越した仕事だったと、いまでも思う。香坂さんの建てたプレハブ小屋は報道陣に「清武小屋」、もしくは当時の清原の仇名をもじって「番長小屋」などと呼ばれた。, あのころ、ぼくは毎日、橘通のホテルメリージュから清武まで自転車(テスタッチ・シクロ2)をこいで行った。球場へは上りゴールになるため、汗びっしょりになって番長小屋に駆け込み、ストーブの前で着替えを済ませてから取材していたものです。, その〝成果〟はきょうの東スポ、大スポ、中京スポでお読みください!朝刊の九スポは明日掲載の予定です!, 赤坂英一(あかさか・えいいち) 兵庫・星陵高から関西学院大を経て1998年デイリースポーツ入社。プロ野球番記者として巨人、ヤクルト、西武、近鉄、阪神、オリックス担当を歴任。98年は1年目ながら日米野球でサミー・ソーサ連載担当。同年ドラフト後から横浜高・松坂大輔投手専属担当記者として取材に関わった。02年は第1次原巨人就任1年目での日本一をカバー。当時、中心選手だった松井秀喜を担当し、ヤンキース移籍までを現地取材した。, 04年から関西勤務となり近鉄オリックス球団合併を担当。05年は阪神担当となり岡田阪神のリーグ優勝を取材した。09年はWBC担当キャップとして2大会連続世界一を体感。13年からフリーに転向した。所属事務所は(株)オフィス キイワード。東京スポーツ新聞社と契約し「ワッショイ! あの強かった2005... 優勝するわ、虎フィーバーやと浮かれた気分が吹き飛びました。

【球界平成裏面史(20)中日・落合年俸問題(2)】平成2年(1990年)オフは中日・落合博満内野手の年俸問題がプロ野球界の大きな話題になった。同年のオレ流は打率こそ2割9分に終わったが、34本塁打、102打点で2冠を獲得。 と、思っていましたが あの試合も今となっては本当に懐かしい。 東京スポーツ『球界平成裏面史4/巨人編④幻の星野監督の巻』 堀内監督2年目の2005年(平成17年)は、開幕早々からトラブルが続いた。 4月26日のヤクルト戦で、ローズが弘田外野守備走塁コーチと大ゲンカし、「ジャイアンツ下手クソ! 毎週火曜、東京スポーツ『赤ペン! 野球記者として24年目になりますが濃霧のためコールドゲームというのを経験したのはあの試合だけです。2005年、ロッテと阪神で戦われた日本シリーズ。その第1戦がそれに当たります。 隔週水曜、WEDGE Infinity『赤坂英一の野球丸』連載中。 そんなわけあれへんやろ スポーツライター。 ライターのお仕事、ラジオ出演、取材、趣味のマウンテンバイク・トレイル、映画や書籍レビューなどなど。赤坂英一の情報発信サイトです。, スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!

「野球の国から 平成野球史」のコラムです - 日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com) 東京スポーツ『球界平成裏面史3/巨人編③清原 vs 堀内監督の巻』 猪木さんも60周年とは知りませんでした! (東スポ創刊60周年記念の4月5日付紙面) 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。 そ... 東スポさんに寄稿させていただいている連載原稿

2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。, AKASAKA cycle 今となっては懐かしい話です。. !』、WEDGE Infinity『赤坂英一の野球丸』連載中。 nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。, nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。すべての. いやいや、ホンマにワロテル場合やおまへんで 著書は「阪神タイガースのすべらない話」(フォレスト出版)。各ネット媒体、雑誌などスポーツネタを中心に寄稿中。, 2014年4月2日〜2019年1月26日まで神戸・三宮で運営していたスポーツダイニング・42は移転再オープン計画中も、コロナで頓挫中。.

多くの野球人に頼られた名医がいる。2013年(平25)の2月、81歳で死去した横浜南共済病院の山田勝久院長。 横浜中華街の奥にたたずむ「清風楼」… 『最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生』『プロ野球二軍監督 男たちの誇り』『キャッチャーという人生』(同)など野球ノンフィクション単行本の増補改訂版が電子書籍で発売中。 !スポーツ見聞録」を不定期連載中。 1963年、広島県竹原市出身。法政大学文学部日本文学科(専攻・近世文学)卒。

野球記者として24年目になりますが濃霧のためコールドゲームというのを経験したのはあの試合だけです。2005年、ロッテと阪神で戦われた日本シリーズ。

『失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち』(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに『2番打者論』『すごい!広島カープ 蘇る赤ヘル』(PHP研究所)など。

2005年のリーグ優勝につながったストーリーを書かせていただいてます。 平成ライダーの幕開けを飾った『仮面ライダークウガ』の魅力を掘り下げる4冊を紹介 シネマズby松竹 平成 ... 猛ダイブで胸を強打 まさかこれが…赤星最後のタテジマ auone.jp 【球界平成裏面史(4.

  東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。. 阪神タイガースの親会社、阪神電鉄の株式が敵対的買収に遭い乗っ取られる可能性がある!? !』連載中。 お客様のブラウザはジャバスクリプト(JavaScript)に対応していないか無効になっています。詳しくはサイトポリシーをご覧ください。, 長期連載「野球の国から」の新シリーズ「平成野球史」を、新元号となる5月まで送ります。時代を変えた野球人、時代を彩った名勝負、時代を揺るがした事件。「平成」を深掘りして考察します。, 多くの野球人に頼られた名医がいる。2013年(平25)の2月、81歳で死去した横浜南共済病院の山田勝久院長。◇◇◇横浜中華街の奥にたたずむ「清風楼」。池波正太郎が愛した大粒のシューマイと…[続きを読む], ONの後を受け、巨人の混乱期を救い続けた名将がいる。2006年(平18)2月9日に心不全のために亡くなった藤田元司氏は、監督として「長嶋解任」翌年の81年と「王解任」翌年の89年から2度…[続きを読む], (C)2020,Nikkan Sports News.