豊橋鉄道の市内線は、正式には東田本線(あずまだほんせん)という名前が付いている。いかにも大仰な名前だが、実は豊橋駅前~赤岩口と井原~運動公園前のわずか5.4キロという、路面電車としては日本で最も短い路線である。 豊橋鉄道モ3500形電車(とよはしてつどうモ3500がたでんしゃ)は、豊橋鉄道に在籍する東田本線用路面電車 車両である。 元は都電 荒川線にて使用されていた7000形で、1992年(平成4年)と2000年(平成12年)に2両ずつ入線した。 少年時代から大の電車好きです。 豊橋鉄道グループバス運転士職「会社説明会」 2020/10/23 増席決定!<GoToトラベル事業支援対象>豊鉄グループ車庫めぐりバスツアーについて 2020/10/15 奥三河再発見ツアー2020秋 2020/10/06 「手塚治虫展」当日観覧引換券付き市内線1日フリー乗車券を発売中 豊橋鉄道モ3500形電車(とよはしてつどうモ3500がたでんしゃ)は、豊橋鉄道に在籍する東田本線用路面電車車両である。元は都電荒川線にて使用されていた7000形で、1992年(平成4年)と2000年(平成12年)に2両ずつ入線した。, 本形式、豊橋鉄道モ3500形となったのは東京都交通局7000形である。7000形は1953年(昭和28年)から1956年(昭和31年)にかけて93両 (7001 - 7093) が製造され、都電で広く利用された[2]。都電の路線縮小とともに1967年(昭和42年)から廃車が始まり、都電で唯一存続した「荒川線」用に、1955年(昭和30年)から翌年にかけて製造された最終増備グループの中から31両が残された[2]。, 荒川線にて1978年(昭和53年)4月より全面ワンマン運転を行うにあたり、製造から20年が過ぎて車体の傷みがみられる7000形については、車体のみ新造し台車・主電動機・制御装置・空気圧縮機・電動発電機などの機器は再利用する、という形でワンマンカー改造を行う方針が立てられた[1]。大型の前面窓と直線的なデザインが特徴的な新車体はアルナ工機にて製造され、1977年(昭和52年)11月から翌1978年3月にかけて全31両の更新が完成した[1][3]。この改造に際し、従前の車両番号7055 - 7089(79・80・85・88は欠番)が若い順に7001 - 7031へと整理されている[1][3]。, 更新後の7000形については1987年(昭和62年)より冷房化工事が始まったが、31両のうち6両には施工されず、1991年(平成3年)から1993年(平成5年)にかけて廃車された[3]。そのうち1992年(平成4年)6月に廃車となった7009・7028の2両については[4]、東田本線の車両近代化を図るべく豊橋鉄道が購入した[5]。25両の冷房車についても1999年(平成11年)になると廃車が生じ、4月に7017・7021の2両が廃車された[6]。この2両についても、冷房化推進を目的として豊橋鉄道が購入した[7]。こうして7000形のうち7009(旧7063)・7017(旧7071)・7021(旧7075)・7028(旧7084)の4両が豊橋鉄道東田本線へ転出していった。, 豊橋鉄道における形式名は「モ3500形」で、車両番号は1次車7009・7028、2次車7017・7021の順に3501 - 3504に改められた[8]。入線に際し、赤岩口の自社工場で軌間変更、ドア移設とステップ設置という東田本線仕様に改める工事が施工された[8]。また都電時代に冷房化されていなかった1次車については冷房化も同時に施工されている[8]。豊橋鉄道における竣工日は3501・3502が1992年12月20日付[9]、3503が2000年(平成12年)3月1日付、3504が同年2月21日付である[10]。, 台車は揺れ枕を持つスイングハンガー方式のコイルバネ台車D-20A形を装着する[12]。メーカーは日本車輌製造または近畿車輛[8]。本来は軌間1,372ミリメートルの台車であるが[12]、豊橋鉄道線の軌間は1,067ミリメートルのため、入線にあたり軸首の長い車軸が新造され、車輪をはめ替え取り付けられた[5]。, 都電時代の主電動機は日本車輌製造製・出力60キロワットのNE-60A形2基であったが[13]、軌間変更で寸法が合わなくなり、出力37.3キロワットのTB-28A形に交換された[5]。この主電動機は豊橋鉄道にあった手持ち品で[14]、他にモ3100形も使用する[8][13]。メーカーは神鋼電機[13]、駆動方式は吊り掛け駆動方式による[11]。なお制御装置は日本車輌製造製NC-170形間接非自動式制御器で変更はなく[8][13]、2台の主電動機を抵抗制御方式(永久並列制御)で制御する[11]。ブレーキは保安ブレーキ付きSM-3直通ブレーキを用いる[11][15]。, 都電荒川線は停留場ホームの嵩上げ工事を施工済みのため、都電時代の本形式にはドアステップが設置されておらず[5]、車内の床面高さはレール面上76センチメートルの均一であった[1]。ホーム嵩上げ工事未施工の豊橋鉄道線で使用するにはステップが必須であることから、入線にあたりステップ設置工事が施工されている[5]。, 本形式のドア配置は前・中の片側2か所ずつで、進行方向左手では車体前方と中央部後寄り、右手では車体後方と中央部前寄りになる[1][5]。このうち前ドアは原型では引き戸であるが[1]、バス用の2枚折り戸に改造された[5]。また中央ドアは引き戸のままであるが、そのままの位置でステップを設置すると台車と干渉することから、窓1枚分前寄りに移設された[5]。このため側面客室部分の窓配置が原型のドア間5枚・ドア後方3枚から[1]、ドア間・ドア後方ともに4枚ずつに変わっている[5]。前・中ドアともにステップはレール面上40センチメートルの位置にあり、車内床面との間に2段の段差がある[5]。ステップ新設のためドアの上下寸法は180センチメートルから216センチメートルに拡大した[1][5]。一方でドア幅は前ドア90センチメートル、中ドア110センチメートルで変化はない[1][5]。, ドア移設の一方、ドア間のロングシートは元々窓4枚分の長さであり(空いたスペースは車椅子スペース)、動かされていない[1][5]。またロングシートの反対側に2客ずつクロスシートが配置されている点も変わらない[1][5]。定員は90人(うち座席24人)[15]。, 3501・3502の1次車2両については入線時に冷房化改造も施工された[5]。搭載された装置は豊橋鉄道での標準品である三菱電機製CU77A形集中式冷房装置であり、屋根上に1台ずつ設置されている[5]。冷房能力は2万1000キロカロリー毎時[5]。同時に、冷房化に向かないため集電装置がビューゲルからZ型パンタグラフへと換装された[5]。, 3503・3504の2次車2両については都電時代の1987年(昭和62年)11月 (3504) または1989年(平成元年)12月 (3503) に冷房化を施工済みであった[16][17]。冷房装置はCU771形と異なるが、冷房能力は2万1000キロカロリーと同等[16][17]。都電の冷房車は菱形パンタグラフを採用していたが[17]、豊橋鉄道入線時にこれもZ型パンタグラフに換装されている[7]。従って1次車と2次車の違いは、都電での冷房化時に改造された正面窓回りと車内天井部に見られる程度である[8]。, 1次車3501・3502の2両は1992年(平成4年)8月1日に豊橋鉄道の赤岩口車庫へと搬入され[18]、同年12月24日より豊橋鉄道での運行を開始した[14]。これに伴い旧型車モ3100形が1両廃車となった[4]。, 運行開始時の塗装は、3501がアイボリー地に濃淡緑の帯を配する都電7000形冷房改造車に準じた車体塗装で、帯には「Welcome to Toyohashi」の一文が記載されていた[14]。3502は広告塗装への変更を前提とした、側面窓下の黄緑の帯や文字を省いた塗装で登場し、1993年(平成5年)7月から広告車となった[14]。3501は1994年(平成6年)10月13日より、公募で選ばれたメリーゴーラウンドをイメージした開業70周年記念塗装で運転を開始[14]。さらに1996年(平成8年)1月からは全面広告車(最初のスポンサーは中部ガス)に変わった[14]。3502についても1995年(平成7年)7月から全面広告車(最初のスポンサーはヤマサちくわ)となっている[14]。, 2次車3503・3504の2両は1999年(平成11年)8月20日に赤岩口車庫へ搬入され[19]、3504が翌2000年(平成12年)2月21日より[20]、3503が同年3月1日より、それぞれ豊橋鉄道での運行を開始した[8]。この増備で非冷房車で残っていたモ3300形2両が置き換えられ、「レトロ電車」のモ3700形1両を除いた全14両の冷房化が完成した[8]。2両とも当初から全面広告車であり、運行開始時は3503はカスタムハウジングコーポレーション[8]、3504は名鉄グループの広告が施されていた[7]。, 塗装以外の変更点を挙げると、2011年(平成23年)2月11日のICカード乗車券「manaca」運用開始に伴い、ICカード対応運賃箱や旅客案内ディスプレイが車内に設置された[22]。また3501・3504の2両については、2017年(平成29年)3月に前面・側面設置の行先表示器がLED式に変更された[23]。, モ3200形 - モ3500形 - モ780形 - モ800形II - T1000形, 電車:1900系 - 1750系 - 1810系 - 1730系 - 1720系 - 1800系I - モ1710形 - 1700系 - モ1400形 - ク2400形 - ク2000形 - モ1310形(←モ680形) - モ120形 - ク2300形 - モ1300形 - ク2310形 - モ140形 - モ150形 - 1600系電気機関車:デキ200形 - デキ210形 - デキ350形 - デキ400形 - デキ450形 - デキ850形電動貨車:デワ10形, モハ100形(←1形) - モハ200形 - モハ300形 - モハ400形 - モハ500形 - モ3100形 - モ3300形(←モ300形) - モ3600形(←モ600形) - モ3700形(←モ700形) - モ3800形(←モ800形I) - モ3900形(←モ900形), 「試運転は順調 21日デビュー 豊橋市内線 昨年購入の1台」『中日新聞』2000年2月17日付朝刊東河総合版19頁, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=豊橋鉄道モ3500形電車&oldid=74227664.

豊橋から三河田原までの路線と、豊橋市内に路面電車を有する豊橋鉄道。あまり取り上げられる機会は多くありませんが、15分間隔運転を行っていたりするなど、地方民鉄でも優等生といえる鉄道でしょう。この優等生の実態に触れてみました。図1. 以降、全国各地に吊り掛け電車を追いかけて歩いた記録を中心に、模型やストラクチャー探訪記などを気まぐれに載せてゆきたいと思います。, この歩道橋、今もありますね。電停に屋根がついて、お写真ほど見通しが良くないので上りませんでした。, Cedarさん私はこの後一度も行っていません。Cedarさんブログで紹介されていた凄いカーブ、見てみたいです。。。, 豊橋鉄道の市内線には、過去3度乗ったことがありますが、いずれも豊橋駅前から市役所前で降りて吉田城跡を見て、一つ先の豊橋公園前から駅前に戻る、と言うコースで、豊橋での余った時間つぶしで乗ってきた、と言う感じでした。最近では昨年の春の連休で、その日の晩の「浜松祭り」の夜の屋台引き回し見物の前に、長篠城、三河一宮の流鏑馬などを見てきたその前の時間つぶしでした。豊橋近辺では、だいぶ前に豊川稲荷参りとか御油~赤坂の旧東海道歩きなどをしているのですが、いずれも「市電」には縁がなく、最初に乗ったときのは渥美半島めぐりの観光バスが早く着いたので新幹線に乗るまでの余裕時間の利用でした。渥美線のほうは、終点の田原が中途半端なところなこともあって渥美半島めぐりにはお呼びでないような路線で、豊橋近辺を何度訪れてもまったく縁がないままに終わっていました。「市電」の車両は乗る度に入れ替わってきて、昨年乗ったときには帰りは最新車両だったような記憶がありますが、沿線風景は、行く度に市街地が寂れてきたような印象に見えたのは、やはり地方都市に共通の現象でしょうか。, 井原~赤岩口の家並み途切れ坂下緑陰カーブ(乱れた表現にて失礼します)・・が美濃町線沿線を思わせ良いです‼動いている標準色の3700、石畳の区間で・・いいものを見せて頂きました。, 豊橋は飯田線撮影で一時は足しげく行きましたが、駅前から出ている市内線には全然訪問をしていませんでした。.

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