2020/07/202020/07/192020/07/172020/07/162020/07/15Powered by Copyright (c) JR編成表、配置表.

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209系1000番台に午後運用&中央特快運用新設 中央線の12両編成化工事の予備車確保のため、2019年3月改正より209系1000番台2編成が常磐線各駅停車から転入して活躍しています。 ボックス席つき房総新型e131系が新潟製造工場から幕張車両センターへ! 209系2000番台・2100番台車は、房総地区で老朽化の進む113系の置き換え用として、幕張車両センターに導入され、2009年10月より運用を開始しました。, 京浜東北線で運用されていた基本番台車の転用で、元の10両編成が4両または6両に組成されました。, 番台変更が行われ、種車から引き継いだドアエンジン方式の違いから、空気ドアエンジン装備車(1・2次車からの改造)を 2000番台、電気ドアエンジン装備車(3次車以降)を 2100番台となりました。, 外観上の変更点としては、帯の色が房総色(青と黄色)に変更され、前面には踏切事故対策として E233系と同様の強化型スカート(排障器)を装着、行先表示機は LED化され、全ての先頭車には併結運転用の電気連結器と自動解結装置が取り付けられました。, 車内では、先頭車の乗客用扉間がセミクロスシート化され、「ドア3/4スイッチ」の設置、2号車となるモハ208 への車椅子対応の大型トイレ(真空式)の設置などが行われました。, 主要機器はE217系と同様の機器の更新が実施され、モハ209 に搭載される VVVFインバータ装置もIGBT 素子を使用することで長寿命化が図られ、電源部などの各部分は信頼性向上のために2重系化されました。, 2009年10月8に4+4の8両・あるいは6+4の10両編成のみの運用が開始され、2010年3月のダイヤ改正以降は、4両・もしくは6両でも単独運転も開始されました。, 6050系は、6000系の車体更新によって 1985年10月から 1986年10….

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209系幕張車両センター編成表(最新版) 2020年11月9日現在で、4連42本、6連26+1本、計330両が在籍しています。

運用情報. 209系ベースで製造されたりんかい線の70-000系も更新する予定だそうです。 209系多目的試験車@川越車両センター 最後に写真を一枚。これは余剰となった209系0番台ウラ2編成を改造して誕生した多目的試験車で「MUE-Train」という愛称があります。

209系2000番台・2100番台車は、房総地区で老朽化の進む113系の置き換え用として、幕張車両センターに導入され、2009年10月より運用を開始しました。 京浜東北線で運用されていた基本番台車の転用で、元の10両編成が4両または6両に組成されました。

ポケモンgo パスワードリセット メール来ない, Face To Face ベース, 新型コロナウイルス関連の投稿は当分の間厳禁といたします。詳しくはこちらをご覧ください。, https://wiki.chakuriki.net/index.php?title=JR東日本209系電車&oldid=1605678, 京浜東北線みたいな比較的短時間しか乗らない路線はまだしも、八高線で長時間これに座るのはキツい。, そもそも長時間乗るのは少数派、つうより1時間かそこらでキツイとか座り方以前にどんな通勤車も無理じゃね?, もしかして「同じ人が長時間座ってないで途中で座る人交代しろ」ってことで固くしてたり?w, だが、座席にくぼみがある。113系や205系のような圧力が1点に集中するかまぼこ型の高反発座席に比べればはるかにマシである。, その大阪市30系とはできるだけ構造を簡素化したという点で209系と共通点があるようにも思う。, 経営シミュレーションゲ-ムでは性能が良くて安いので、私のセーブデータでは通勤型は全てこの車両になってしまった。, 黒抜きブラックフェイスのつぶらな瞳。0番台の系統(E501系含む)は黒抜き部分が大きく採られていて特にかわいい。デザインはいいんだ…。, 側窓カーテン完全省略と座席間へのスタンションポール直接取付けの組合わせ最初に行った車両である。, このため公称着席幅よりも狭くなっている座席(例:公称450mmだがスタンションポールがある座席は実質430mm)が多い。, 真夏の炎天下では外からの熱を遮る手段がなく、クーラーの冷気が外の熱に押され負けてしまうことが多い。, 理論上は熱戦吸収ガラスなので通常ガラス+カーテンより熱は遮断する。ようは感覚の問題, 田舎生まれの自分が初めて知った東京の鉄道が「電車でGO!2」に出ていた京浜東北線209系0番台だったので、結構思い入れがあって好きな車両・・・なのだが、ここを見て初めて普通の鉄道ファンに受けが悪いと知った。, 引退時にはちゃんと(?)サヨナラ大合唱が起こるあたり、「慣れ親しんだ旧車を追い払ったから嫌われた」面も大きいのでは。, 東京駅の付近の複々線に映る影を見て、ひし形パンタグラフのシルエットにしみじみしたことがある。, この車両の東急製はその後の東急3000系、南海1000系、寝台特急カシオペアE26系のベースとなった。川崎重工製はりんかい線70-000系、都営6300系、阪神9000系のベースとなった。, 某イベントの子供向けの説明では205系よりも乗り心地が良いとされていた。しかし,その子供が成長すると.....。, 結局のところこんなに209系が叩かれるのは「快適な車両を作る努力を怠るな」という意味だと思いたい。最もそんなこと言ってられないくらい103系の老朽化が深刻だったということかも知れない。, 「寿命半分・価格半分・重量半分」のコンセプトが「5年持てばいい」という戦時設計車(例:モハ63形)を思い出す。, 実は回生車である205系とはほとんど変わらないらしい。そもそも大手私鉄どころか地方私鉄の一部にまで回生車が湧いている状況で, いや、205系よりも3割近く消費電力量が低い。重さがとにかく軽い(すぎる)おかげ。逆にE233系は209系より1割多い。, 設計の理念自体が「どんな車両を作るか」ではなく「どうすれば車両を13年で廃車しても損しないようにするか」という、従来と逆のアプローチによるもの。, 車両を資産ではなくコストとして明確に割り切った、いかにも当時の同社らしい考え方といえる。, 13年で元をとるために従来の車両からどこまで設備を簡略化するかという、経営の合理性を最優先にした結果なので、このページの評価はある意味同社の目論見通りの評価なのかもしれない。, ただ、この理念が他社に受け入れられるとは必ずしも思っていなかったようで、結果として他社への汎用性を持たせたE231系の設計につながった。, 乗用車よりは頑丈……かなぁ。今の乗用車はクラッシャブルボディで安全性を確保する考え方だから脆いともいえるが……SJ~JAジムニー辺りがつっこんだらたぶん209系の方が凹むぞ。, 両者の事故で被害が大きくなった(比べるのは桜木町事故の犠牲者に失礼かもしれないが)一因が, 走るンですは特にポンコツ電車大好きな西日本ファンが東日本を嫌うための一つの理由となっている(上記の殆どが西ファンの書き込み), 九州も一部の国鉄車を末永く使っている。一方、流石の西の103系もお国の命令等により減少傾向に。, 115系が使われていた「むさしの」は各駅停車(構造上さいたま新都心、与野、西浦和等は通過)に降格し, ついに京浜東北・根岸線から総て引退。しかしまだ0番台は南武線で残っているのでそちらへどうぞ。, 加減速音が特徴的。昔はあの音を聞くたび「ああ、京浜東北線に乗ってるんだな~」と思っていたものだ。, 最近、大宮の処刑場跡地にクハが1両だけ留置されている。クモハ301-4みたいに保存する気か?, 台車を見比べれば分かるが、コスト削減で空気バネの左右間隔がやたら狭い。間隔の広さはE233系・E531系(限界サイズ)>E231系>209系の順。, 車両のコンセプト上全車が最終的には解体されてリサイクルされるものかと思ったが、何とTKで保存されてしまった。, 鉄道ファンの2009年11月号に残りの先頭車両14両も余るなら残りの中間車を使って豊田車両センターと高崎車両センターにある115系電車を置き換えて下さい。, 総武→京浜東北→京葉と、2回もの転属をしている。走るんですをこんなにたらい回しにするというのもまた・・・, 京葉車両センターの500番台のサハが編成から外され京葉線~武蔵野線へ転用に伴い余剰と成り、長野総合車両センターの構内の解体線路に留置?。, 1998年(平成10年)11月に登場し、とうとう500番台からも余剰のサハが出て来て廃車と解体が出るのかな?。, 毎日長総の前を通る者です。500番台サハは確かもう解体が始まってたはずです。もし205系と間違えてたらゴメン。電車の中からなのでじっくり眺められないので…, E231と共に走っている総武線の現役車両で、E231系との見分け方は前面。前面が白いのがこの209系の500番台で、車体と同じ銀色なのがE231系。, 初期編成は菱形パンタで、途中からシングルアームパンタに変わった。なのでパンタグラフを見ると初期車か後期車か分かる。, 総武線にはかつて(209系)950番台という編成があった。これぞまさしくE231系のプロトタイプで、その後E231系900番台と改番。現在でも見られるたった1編成しかない珍車。, 乗務員室ドアの色や6ドア車の有無で見分けることも可能。(側面LEDのフォントも微妙に違う), 京葉線に唯一残存する編成が何故かインバータ装置やLED表示装置などを交換した更新工事を受けた。特に後者はフォントはそのままなのですげぇ違和感が。, 京葉線の209系500番代は元々は全編成置き換え対象であり、武蔵野線へ転用される予定だったが、E331系は残留対象であったものの、不具合が多く運用を離脱したため、結果的には残留してしまった。, 京浜東北線の余剰車を転用して置き換える噂も出ているが、未だにその動きが見られない。, 川崎で事故った編成を復旧させる案?結局その編成まるごとスクラップにされた事で、立ち消えの模様。, 総武線に改良型のE231系の登場を待たずに本車両が投入されたのは、故障が多い103系を早急に取り換える必要があったから。, 他の番台とは、加速が速い・前面非常扉がある・誘導無線を搭載している等の違いがある。, それと、登場が500番台より後なのに普通の幅の車体になっている(そうでないと千代田線に入れないため)。, 同じ場所を走っているE233系は小田急線直通用改造が行われたが、こちらにはされていない。, 「JR⇔メトロ⇔小田急直通」「メトロ線内のみ」が交互に来るダイヤだからね……。仮に「JR⇔メトロ直通」「メトロ⇔小田急直通」が交互に来るダイヤなら違ったんだろうけど。, 1年後に土日昼間の出禁ダイヤは解消されるも、とっくに常磐線を追われていて時すでに遅し。, 今は直ったのか、第2編成(マト82編成)取手側の前面帯がずっと剥げ掛けたまま走っていて、凄くみすぼらしかった。, OM公開時に展示されていた写真には中央快速線転属を示唆するキャプションが…。233系へのG車組込・WC取付で予備車が必要になるとはいえ、俄には信じ難い話ではある。, 何気に都内の地下鉄を走る車両で貫通扉を間引いているのは、これを除くとE231系800番台と京急1000形アルミ車の初期車くらいしかない。, 2018年5月に入って中央線のE233系のグリーン車組み込み工事の車両不足対策として転属するという噂が広まった。東西線用とのうわさもあるが果たして・・・, 2018年秋に常磐線から締め出されて八王子に飛ばされるまでは決まったようだが、当の八王子でどう使われるかは見当が付かない。, とうとう中央線で運用を開始したが、案の定運用が大幅に制限されており肩身が狭いのは相変わらず。, 朝上りや夕方以降を避けた関係か、所定運用は平日は2編成とも午前終わり、土休日に至っては昼下がりに1編成が豊田と東京を1往復するだけという有様。, 所定では東京-高尾間の快速にしか入らないが、ダイヤ乱れで青梅線直通に入ったことがある。, 上記の通り、特に改造してないので高尾、宮ノ平以西及び五日市線には入線不可なので尚のことその感じがしてならない。, 大月までは試運転で入っているので入ろうと思えば入れられるようだが、奥多摩や五日市は物理的に出禁, 2020年3月の改正から、(1編成だけだが)平日は夜まで運用するようになり、なおかつ定期の中央特快も(片道だけではあるが)手に入れた。, 209系では唯一MT比が6:4となっている(2000番台と2100番台の併結は除外)。仮にも地下鉄直通電車なだけはある。, 狭幅ながら中央快速線の予備車に抜てきされたのはちょうど余ってただけでなくこれもあるだろう。, うるさいGTOが外され、座席がE233系と同じタイプになったので、個人的にほとんど改造されていない211系より上だと思う。, ただし、中間車の内装はオールロングシートのままで手付かず。石のような座席で2時間以上房総ローカルに乗るのは・・・。, つか、実際のところ今回の配転にのらず廃車される209系はナント473両! 対して、今回の209系配転で廃車される, 残りの473両は廃車にするのは実に勿体無いので一層の事115系がある高崎、長野、新潟の車両センターに転用されて置き換えれば良いのに。, 高崎はともかくとしても降雪地帯の新潟や長野に209系を配置するなんて、無謀としか……, どう考えたって首都圏用の使い捨て電車に日本海側対応の耐寒耐雪改造を施すぐらいなら115系を延命したほうがお得。115系は抵抗制御とは言え、同じ顔の113系と比べてもそれなりに金かけて作られた電車だからな。, ってか、それなら南武線や鶴見線に配置して、205系外扇車を引っこ抜いて耐寒耐雪改造する方が頭良いよ。そうした突き出し配転をせずに廃車にするんだから、少なくとも205系よりは終わってる状態なんだろう。, そもそも廃車の事を考えて設計されているのだから廃車にしても別に痛くも痒くもないんだろう。転用するだけがリサイクルじゃないし。, 確かに廃車になった車両の大部分がサハ。205系と違ってモハの絶対数が少ないし、先頭車改造が難しいしで転用されず大量廃車。逆に言えば、クハはほぼ総て転用されてる。, 209系自体はコスト最優先で当時の最先端技術を殆ど導入していないこともあり、サハの抜き取りによる短編成化が比較的容易だった。, これが231系以降になるとTIMSで多くの引き通し線をコンピュータ化しており、サハを抜くには結構なシステム改修と入念な試運転が必要なため、これほど派手なサハの処分は難しいのだとか。, そのE231も武蔵野、八高向けにする際にサハ抜き取りやってるが、やはり面倒だったのかね?, 2000番台の6連で2・3号車のドアが故障してそこだけ乗車できないまま営業運転に就いてた編成があった。駅電光掲示板では「6両編成」と表記されてたが、事実上4両編成。(2010年6月頃), 京浜東北線の車両の中に、改造して訓練車とはべつに南武線に投入される可能性がある車両が。更新して投入するのは構わないが、代替はどれか、故障はしないかが心配。, 2000番台・2100番台同様下回りが取り替えられてE233と同等のものに変わったらしい。, 残り1本は車両不足で案の定延命するも青梅線からE233を回してスクラップ・・・、と思いきや魔改造して房総で再々雇用。, その魔改造された車両、なんと自転車を折り畳まずに積み込むことが出来る仕様なんだとか。. 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Author:りんかい

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Knight In Shining Armor 意味, 姫路 10月 天気, 首都圏の鉄道を中心としたコミュニティサイトを目指しており、コミュニティへ寄せられた情報を元に、JR東日本の車両動向をまとめています(詳細)。, SIV、CPを搭載する中間電動車で、松戸車両センターに0両、豊田車両センターに4両が在籍しています。, SIV、CPを搭載するWC付の中間電動車で、幕張車両センターに68両が在籍しています。, SIV、CPを搭載するWC付の中間電動車で、幕張車両センターに1両が在籍しています。, VVVFを搭載する中間電動車で、松戸車両センターに0両、豊田車両センターに6両が在籍しています。, 首都圏の鉄道を中心としたコミュニティサイトを目指しており、コミュニティへ寄せられた情報を元に、JR東日本の車両動向をまとめています(, 中原へのE233系投入に伴い機器更新車を含む3編成が廃車されました。また3月に浦和電車区がさいたま車両センターへ改組されています。, 京浜東北線での営業運転が終了し、浦和から京葉への500番台の転用が完了しました。一方、0番台は浦和から幕張への転用が始まり、機器更新を併設した2000番台、2100番台、2200番台が誕生しました(, 京浜東北線へのE233系投入が続き、500番台は浦和から京葉への転用、0番台は廃車と各地への疎開が進みました(, 京浜東北線へのE233系投入が始まり、0番台にも廃車が発生しました。年末時点では、500番台は5編成が出揃い、0番台は1編成が廃車され77編成に、900番台は2編成が廃車され1編成になっています(, 主要3機器(主制御装置または主変換装置、補助電源装置インバータ部、空気圧縮機)の形式が異なる場合に別区分とする。, ただし、互換性がある機器で、現に複数の形式が混在している場合は、両方を併記して同一区分とする。, 数年しか存在せず、編成表に反映されていない形態は扱わない。(主変換装置が更新後、補助電源装置が更新前のE501系など。), 今までの遍歴は問わない。(新製時に形態が異なった試作車が、量産化改造で同一形態になった、など。), 他は全て同一形態とする。(所属、帯色、保安装置、車内案内装置、自重などの違いは無視する。).

京葉線209系・e233系運用情報 (令和2年11月11日) メニュー.

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209系電車(209けいでんしゃ)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)の直流通勤形電車。, 日本国有鉄道(国鉄)から大量に引き継ぎ、老朽化が進んだ103系の置き換え、および、一部は輸送力増強用などとして、1993年(平成5年)4月より京浜東北線・根岸線、南武線に本格投入された。国鉄時代に開発・導入された在来技術に基づく鉄道車両のシステムを一から見直し、製造・整備の方法を全面的に改めた新しい設計思想(バリューエンジニアリングの手法)が採用されている。JR東日本では本系列以降の車両を「新系列車両」として区分している。, 車両デザインは栄久庵憲司率いるGKインダストリアルデザインが手掛けた。1993年度・通商産業省(現:経済産業省)選定グッドデザイン商品(当時)金賞・ブルネル賞奨励賞を受賞した。, 設計段階より廃車後のリサイクル計画が策定されるなど、環境問題にも配慮した設計となっている。, 派生番台区分として、車体の幅を広げて輸送力を増加させ、中央・総武緩行線用に新製された500番台・950番台(後にE231系に編入)、地下鉄直通(常磐緩行線⇔千代田線)用の1000番台、八高線・川越線用の3000番台がある。また、東京臨海高速鉄道の70-000形の基本設計は209系と同一であるが、こちらは2004年(平成16年)の組成変更時に6両がJR東日本に売却され、改造の上本系列の3100番台となって八高線・川越線に投入されている(後述)。これに伴い、不足した中間電動車2両が川崎重工業で新造された。, 京浜東北線・根岸線用の本系列は、2007年(平成19年)12月22日よりE233系1000番台が本系列の配置数と同数の830両投入されたことにより廃車・転用が進行し、2010年1月24日で運用を終了した。, 2019年(令和元年)10月現在、0・3000番台は営業用車としては全廃、500番台が京葉線、武蔵野線、1000番台が中央線、2000・2100番台が総武本線、成田線、鹿島線、内房線、外房線、東金線、2200番台がジョイフルトレイン『BOSO BICYCLE BASE』、3100・3500番台が八高線・川越線で運用されている。, 本系列はその後に登場した近郊形のE127系、701系、通勤形のE217系、209系0番台と同じ車体を使用したE501系の設計のベースとなり、さらに通勤形電車と近郊形電車を融合させた「一般形電車」である[5]E231系や、E233系、E331系、E531系、E235系へと発展している。, 本系列を起源とする「新系列電車」の一群は、上記のようにJR東日本における電車設計の標準となっただけでなく、車両製造から廃車に至るライフサイクル自体の再検討、大規模なバリューエンジニアリングの導入や極限的設計の実用投入など、単なる新技術導入に留まらない新たなコンセプトを具現化しながら大量生産・継続運用されており、他のJR各社や私鉄など、日本の主要な鉄道事業者の車両開発にも大きな影響を与えた。, 1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化後も、JR東日本では通勤形電車として国鉄時代に設計された205系を引き続き製造および配置を継続していた。しかし、国鉄時代大量配備された103系の老朽化による置き換え時期が近付きつつあり、また経済事情の変化や民営化に伴う開発費および製造費用削減の必要性から、新しい設計思想に基づく新世代車両の開発が行われた。その結果、1992年(平成4年)に新世代車両の試作車として「901系」10両編成3本(30両、A, B, C編成)が登場し、京浜東北線・根岸線で試用された。, 新系列車両の開発に当たっては、『重量半分・価格半分・寿命半分』が達成目標として掲げられた[6]。「重量半分」とは、編成単位での総重量の削減と動力車比率の引き下げによる省エネルギー化および点検整備性の向上による維持費用の削減を、「価格半分」とは、一部の範囲内に製造会社の自由度を認めることと大量生産による調達関連費用の削減を、そして「寿命半分」とは、新造から20 - 30年経過した際の車両の陳腐化や、技術進歩の恩恵を受けられなくなることなどを避けるため、税法上の鉄道車両の減価償却期間である13年間は大規模な分解補修を行わず、その段階で廃車にした場合でも経営上の影響を受けることがないようにすることを意味している。, 民営化後のJR各社では、製造及び開発費用を節約するための策として車両部品や軌道設備用品に日本国外企業製品の採用を模索していた。そのため、日本国外製の機器や内装が多く採用されており、一部は量産車にも反映されている。, 後述するが、901系ではVVVFインバータ装置や内・外装などで編成ごとに異なる仕様のものが採用され、量産化に向けた最終的な技術の選択と調整が行われた。その結果、VVVFインバータ装置についてはC編成で使用された三菱製GTO素子タイプが、CPにはA編成に使用されたスクリュー式装置が、制御装置はB編成で使用されたワンハンドル式がそれぞれ採用され、1993年に量産車が209系として生産開始された。その量産車ではJR東日本の通勤形電車としては初めてとなるLED式車内案内表示器[注 1]とドア開閉チャイムが客用ドア上部に設置された。, 車体新規製造費用を削減するため、車両製造会社ごとの車体工法の違いが容認されている。, 従来の国鉄や地下鉄および関東地方の大手私鉄の車両は、複数の企業が共通の図面を用いて製造し、仕様に違いが出ないように考慮されていたが、本系列ではコンペにより選定し、東急車輛製造と川崎重工業の2社が製造を担当した。東急車輛製造が従来からの骨組み工法を改良[注 2]して対応したのに対して、川崎重工業は新しく開発したシート貼り合わせ工法(2シート工法[注 3])を採用しており、外観(窓枠隅の丸み、妻面のビードの有無など)に明らかな相違が見られる。また、内装についても東急車輛製造が従来の化粧板を基本とした組み立てに対し、川崎重工業製の車両でFRP(繊維強化プラスチック)製の内装パネルをビスにより固定する方式を採用するなど、随所に仕様の違いが存在する。また、JR東日本でも当初より自社での車両製造を計画し、東急車輛製造から技術供与を受けて自社の大船工場(大船電車区と統合されて鎌倉総合車両所となり、その後、2006年(平成18年)に工場機能は廃止)において試験的に中間車14両(920番台の2両含む)を製造し、翌1994年(平成6年)からは新津車両製作所を開設して本系列の自社生産を開始した。前身の新津工場→新津車両所時代も含めて同所で車両を製造したのは、107系に続く2例目である。, MM'ユニットを踏襲し、M車(モハ209形)にはVVVFインバータが、M'車(モハ208形)には補助電源装置・空気圧縮機・集電装置が搭載される[7]。, JR東日本では、1986年(昭和61年)に常磐緩行線用としてVVVFインバータ制御を採用して製造した207系900番台を承継したが、結局量産には至らず、本系列において本格的にVVVFインバータ制御(1C4M方式)を導入した。このインバータ装置は三菱電機製で、素子にはGTOサイリスタが採用されている。, 主電動機 (MT68) は交流誘導電動機である。定格出力は 95 kW と低いが、VVVFインバータ装置とともに用いるために起動時などには1時間定格出力以上の過負荷使用を前提としており、実際には直流電動機 150 kW 相当の出力を持っている。その結果、10両編成で 4M6T (地下鉄直通用は従来どおり 6M4T)の動力車比率(MT比)でありながら205系京葉線仕様と同等の起動加速度 2.5 km/h/s ・最高速度 110 km/h を達成している(歯車比は 7.07)。また、整流子のない交流誘導電動機の採用はメンテナンスコストの削減にも貢献しており、主電動機点検蓋の必要もない。, 台車は、ボルスタレス台車DT61(電動車)、TR246(付随車)が新たに開発された。空気バネ支持位置を台車枠直上と従来よりも内側に持ってくることで、台車構成が簡略化された[8]。軸箱支持は軸梁式であり、軸バネにコイルバネを採用する[8]。, モハが装備するDT61形と同型の動力台車(東京臨海高速70-000形KW151形), クハ・サハが装備するTR246形と同型の付随台車(東京臨海高速70-000形KW152形), など、内装は一新された結果、定期点検および整備作業に関わる工程の簡素化と同時に利用者への利便性向上を意図したものとなっている。, 試作車(900・910・920番台)・量産車(0番台以降)・950番台(後にE231系900番台へ改番)・更新改造車を登場順に記述する。, 1992年(平成4年)3月に登場し、浦和電車区(現・さいたま車両センター)に10両編成3本(30両)が配置された。当初は901系と称したが、1994年(平成6年)1月から3月にかけて量産化改造を行った上で本系列の900・910・920番台とされた。901系としての落成当初は上部側面帯の色が■黒色であったが、量産化に伴い下部側面帯と同様の■スカイブルーに変更された。, 0番台の仕様と極力合わせる量産化改造が実施されたが、主要機器はそのままであった。この特殊仕様が保守上の弱点となったことや、車体の老朽化が0番台と比べると顕著となったことから、500番台を転入させることによってE233系の導入を待たずに早期に運用を離脱した。, また、当初乗務員室仕切り部には窓が3枚配置され、遮光幕としてリニアモーター駆動の横引き式プリーツカーテンが設置されたが、量産化改造時に運転台背面は非常救出口に、中央の窓は通常のロール式の遮光幕にそれぞれ改められた。, 1992年(平成4年)5月7日から営業運転を開始した。営業開始当日はA編成とC編成が使用され、先頭車の前面にはヘッドマークが取り付けられたほか、A編成は大宮駅で、C編成は桜木町駅において「祝 21世紀の通勤電車デビュー」と称し、出発式セレモニーが実施された[9]。, 2006年に試作車のB編成(ウラ91)を皮切りに翌年の3月にはC編成(ウラ92)が、同年の8月にはA編成(ウラ90)が東大宮へ疎開回送された。その後3編成とも長野総合車両センターへ廃車回送されている。2010年(平成22年)より、クハ209-901が車両番号表記を登場時の「クハ901-1」に復元した上で東京総合車両センターの正門付近で保存されている[10]。, 3編成とも試作車であるため、それぞれの仕様は大きく異なっている。901系登場時の各編成の主な仕様は次のとおり。, 1993年(平成5年)に登場した量産車である。京浜東北線・根岸線用は同年2月15日より1編成が限定運用で営業運転を開始し、3月1日より5本が本格的な営業運転を開始した[12]。一方、南武線用(ナハ1編成)は同年4月1日より営業運転を開始した。, 本系列の投入にあたっては、乗客へのサービス向上と経済効果の高い路線として京浜東北線が選定された[13] 。一方、南武線は1993年(平成5年)4月10日のダイヤ改正において、横浜線の列車増発を行うこととなり、横浜線は205系で統一していたことから、南武線から横浜線へ205系を転用することが決定した[13]。南武線の205系を転出させ、補充用に103系を転入させた場合、南武線の新車比率が下がってしまう(205系は南武線へ直接投入した新車)ことから、南武線に本系列が直接投入されることとなった[13][注 6]。, 当初の南武線用のナハ1編成は運用を限定して使用されていたが、1994年(平成6年)12月のダイヤ改正より103系(当時)・205系と共通の運用となった[14] 。なお、その後も南武線には103系の置き換え用として209系の直接投入が計画されたが、次に述べるダイヤ改正の列車増発用車両を最後に、同線への直接投入は中止となった[14]。1997年(平成9年)3月22日のダイヤ改正の南武線列車増発用として車両が必要となったが、103系の転用には改造工事が伴うことから、新車(ナハ32編成)が直接投入されることとなった[13]。, 前面は踏切事故対策として骨組を追加して強度を向上させたほか、前面排障器(スカート)を大形化、運転室の空間を拡大、運転台背面に非常救出口を設置した。空気圧縮機にドイツ・クノール社製スクリュー式を採用し、1 - 6次車は電動発電機 (MG) のような甲高い動作音が特徴である 動作音[ヘルプ/ファイル]。運転席のマスター・コントローラーに左手操作のワンハンドル式を採用。ドアエンジンは量産初期ロットでは従来と同じ日本製の空気式が採用されたが、ウラ(浦和電車区の電略)16編成(3次車)から外国製の戸挟み安全装置付き電気式に変更された。ドア開閉時のチャイムと、扉上部に3色LEDディスプレイによる次駅表示などを行う旅客案内表示器を装備している。また、先頭車には車椅子スペースが設置されたほか、連結面に転落防止幌が設けられた。, ワンハンドルマスコンの採用については、901系での試行時に運転士から「時隔の短いところでは無理」、「操作は別々に行うもの」、「ブレーキはハンドルの角度で判断する」[13]などの否定的な意見もあったが、最終的には量産車となる209系で正式な採用に至っている[13]。当初は運転士が慣れていないこともあって評判は良くなかったが、その後は操作性が良いことや、疲労が少ないことなどから評判は非常に良いものとなった[15] 。, 2016年(平成28年)現在、京浜東北線、南武線ともに全ての編成が営業運転を終了している。, 京浜東北線用のE233系1000番台への置き換え前となる2007年(平成19年)10月1日時点では、浦和電車区に10両編成78本(780両)と中原電車区に6両編成2本(12両)の合計792両が配置され、京浜東北線・根岸線、南武線で運用されていた。MT比は京浜東北線・根岸線用が 4M6T 、南武線用は 4M2T であり、MT比が高い南武線の車両はVVVFインバータ装置の設定を変更しており、インバータおよびモータから発する変調音が若干異なる。, 京浜東北線・根岸線用の車両は登場当初全車が4扉車の編成であったが、ウラ36編成(1995年度製造分で最初の新津車両製作所製車両)から6号車に6扉車を連結した編成となり、1996年(平成8年)から1997年(平成9年)にかけて6扉車サハ208形を多く製造して従来の編成の6号車と差し替え、全編成への6扉車連結を完了させた。なお、従来の編成の6号車(サハ209形)は廃車せずに他の編成に組み込まれていったため一部の編成では、川重製と東急・新津製の車両との混結があった。6扉車を連結した編成には先頭車の前面と6扉車の扉の上部に「6DOORS」のステッカーを貼付していた。車内の座席は折り畳み式で、平日の初電から9時30分までは座席を使用することができなかった。, 京浜東北線・根岸線のウラ35編成に設置されていたWVIT試験用モニター(2006年8月7日), 京浜東北線・根岸線のウラ78編成に搭載されている車外スピーカー(2008年3月2日 東神奈川駅), 車内のステッカー。下の緑のラベルに「この電車は、従来の半分以下の電力で走っています」との表記がある(2011年1月3日 武蔵野線), シングルアームパンタグラフに換装されたナハ32編成(2012年1月31日 尻手-川崎), 1996年(平成8年)3月16日の八高線八王子 - 高麗川間電化開業時に4両編成4本が用意された単線区間仕様車で、ハエ61編成が川崎重工業製である他は東急車輛製造製である。これまでの0番台とは仕様が異なるため、番台区分が行われることとなったが、区分は同じ川越電車区(当時)所属の103系3000番台に合わせた「3000番台」に決められた[20]。, 基本的な仕様は0番台と同一としているが、列車交換時の停車時間が長いことを考慮して客用扉にドアスイッチを設置し、通年でドアの半自動扱いを実施した。車体ラインカラー帯は川越線車両のウグイス色と電化開業で結ばれる中央線や青梅線車両のオレンジ色を組み合わせた2色による新しいものとした[20]。, 2020年(令和2年)4月1日現在では、4両編成1本が3100番台とともに川越車両センターに配置されていた。後述の3500番台やE231系3000番台への置き換えにより、2018年(平成30年)9月21日付でハエ62編成がモハユニット2両が訓練車に改造され、廃車[21]されたのを皮切りに、2018年12月にハエ61編成がパンタグラフを撤去した状態で宇都宮運転区に疎開され、2019年1月にはハエ63編成、3月にはハエ64編成が高崎総合訓練センターに疎開された。2020年2月8日付でハエ61編成が、2020年3月5日付でハエ63編成が廃車された[22]。ハエ64編成は2020年4月2日に長野に向けて廃車回送されて5月に入り解体[要出典]、これをもって3000番台は廃区分番台となった。, 2006年(平成18年)12月1日から運行区間のドア扱いが終日半自動になったため、ドアの開け方を表記したステッカーがドア上に貼り付けられた。また、ハエ63編成は可変座席を設置していた時期があった。2007年(平成19年)には側窓開閉化工事が施工されたが、0番台とは異なり、車体中央部は固定窓で存置されている。, 1998年(平成10年)10月に落成したE231系の試作車であり、三鷹車両センターに10両編成1本(10両)が在籍し、中央・総武緩行線で運用されている。2000年(平成12年)6月に量産化改造を行ってE231系900番台に改番された。, 中央・総武緩行線の103系を置き換えるために1998年(平成10年)11月に落成し、同年12月29日から中央・総武緩行線で営業運転を開始した。このグループはJR東日本新津車両製作所が初めて独自に設計から製造までを行った車両である[24] (全車両が新津車両製作所製)。, 同線では本系列の次世代の通勤車両(→E231系通勤タイプ)の投入が計画され、これに該当する試作車209系950番台(現・E231系900番台)が1998年(平成10年)10月に落成し、量産化に向けて運用されることとなった。, しかし、老朽化した103系に車両故障が頻発したため、209系950番台の量産車(E231系0番台)が登場するまでの間の「つなぎ役」的な車両としての存在として、209系950番台の拡幅車体に0番台の制御・機器システムを組み合わせた車両となっている[24] 。そのため、過渡的かつ折衷的な車両となり170両(10両編成17本)の新製にとどまり、以後は2000年(平成12年)登場のE231系通勤タイプに引き継がれた。, 基本的な仕様は京浜東北線・根岸線用の0番台と同様の10両編成で、車両性能も同等としている[24]。ただし、209系950番台で連結されていた6扉車はなく、全車両が4扉車となっている[24]。前面デザインは先に落成した209系950番台の前面と同様としながら、前面FRPカバーを白色に塗装することで、シルバーメタリック塗装の同車との区別を図っている[24]。なお、本番台区分とE231系0番台(常磐快速線・成田線用)ではFRPカバーが白色塗装であるのに対し、E231系0番台(中央・総武緩行線用)では銀色塗装が基本となっており、印象が異なっている。, 車体は209系950番台をベースとした 2,950 mm の拡幅車体(従来車より 150 mm 拡大)とされた[24]。従来車では先頭車の車体長が中間車に比べて 420 mm 長かったが、本番台区分では中間車と同じ 19,500 mm(全長 20,000 mm)に揃えられた[24]。その関係で先頭車の第1ドア・第2ドア間の寸法が短くなり、従来車ではすべて7人掛けであったドア間の座席がこの部分のみ6人掛けとなっている[24]。台車中心間隔は拡幅車体の採用による曲線での偏倚量の関係(拡幅車体で台車中心間距離を 13,300 mm にした場合、曲線通過時に車体のはみ出しが大すぎてしまう)で、同じ拡幅車体のE217系などと同様に 13,800 mm となっている[24]。なお、500番台という番台区分はこの車体形状の変更に由来する[24]。, 基本的に車内は0番台を基本としており、座席は片持ち式のバケットシートである[25] 。このうち、座席クッション材はウレタンからポリエステル樹脂成形品を使用することで汚損時の表皮張り替えを容易にしたほか、合わせて廃棄時のリサイクル性も高められている[24]。また、車内非常通報装置は警報式から乗務員と相互に通話が可能な通話式へと変更した。, 側面のドア間の大窓は従来車がすべて固定式であったのに対し、本番台区分では第1ドア・第2ドア間(先頭車を除く)と第3ドア・第4ドア間にある大窓(1両あたり4か所(先頭車は2か所))の車端寄り3分の2が開閉可能な下降窓構造に変更された[24]。このため、従来の0番台・3000番台において妻面上部に設けられていた非常換気口を廃止している。その後、先頭車は第2ドア・第3ドア間の固定窓が0番台と同じ手法で開閉窓に変更された(後述)。このほか、行先表示器と運行番号表示器は字幕式をやめ、LED方式を採用した[25]。, 制御装置をはじめとした走行機器類は0番台と同様だが、台車は209系950番台とも共通のヨーダンパ取り付け台座付きである[25]。なお、本系列でヨーダンパ台座付き台車を使用するのは500番台と次に述べる1000番台のみである。また、パンタグラフは電磁鉤外し機能付きのPS28B形菱形を使用している[25]。, クハ209-501 - 512以下12編成120両は新製当初より長らく中央・総武緩行線で運用されてきたが、クハ209-513 - 517以下の5編成50両は、編成ごとで異なる時期にさまざまな貸出・転配がなされ、頻繁に帯色が変更されている。, この番台区分の車体帯色は、2010年(平成22年)12月時点で存在しないものを含めると、黄色(黄1号)・カナリアイエロー(黄5号)・スカイブルー・ワインレッド(赤14号)・「オレンジ+茶」の5種がある。, 本番台は当初習志野電車区に集中投入され、中央・総武緩行線で営業運転に就いていた。ただし、2次車最終となる2編成(クハ209-516,517以下2編成、ラシ66,67編成 → ウラ80,81編成)は製造当初から京浜東北線・根岸線への転属を考慮しており、D-ATC装置の搭載準備工事や乗務員室に各種準備工事を施工していた[26] 。, そして、これら2編成は2000年(平成12年)11月に京浜東北・根岸線用のD-ATC化改造に伴う予備車確保用として習志野電車区から浦和電車区に転出し、その代替として習志野電車区にE231系が投入された。転属の際にはD-ATC装置の搭載とラインカラー帯変更、ATS-P装置の撤去などが実施され、2001年(平成13年)1月5日から京浜東北線・根岸線での営業運転を開始している[27]。その後、この2編成はD-ATC化完了後の2004年3月ダイヤ改正時の列車増発用として使用されることに変更された[28] 。, 2003年(平成15年)12月には習志野電車区の廃止に伴い、この時当区に所属していた千ラシ51 - 65編成(クハ209-501 - 515以下15編成)は三鷹電車区(現・三鷹車両センター)へ転属となり、ミツ501 - 515編成となった。, 2003年(平成15年)5月からは浦和電車区の209系0番台に車体保全(走行距離240万km毎に実施する定期検査)が開始され、この検査は入場期間が長いことや入場が続き予備車の確保が難しいこともあることから、2005年(平成17年)10月から2006年(平成18年)3月にかけてミツ515編成を一時的に浦和区へ貸し出し、中央・総武緩行線と京浜東北線・根岸線との共通予備車として運用した[28]。当編成は2006年(平成18年)3月に三鷹電車区へ返却されたが、その時の帯色は103系などと同じ■黄5号(他の500番台車両は■黄1号)であった。, さらに2006年(平成18年)10月から翌2007年(平成19年)3月にかけて、浦和電車区に所属していた209系試作車(209系900・910・920番台)置き換えのため、3編成(ミツ513 - 515編成→ウラ82 - 84編成 クハ209-513 - 515以下3編成)が同区に転出した。代替として三鷹車両センター(当時の三鷹電車区)にE231系3本が追加投入された。これはミツ515編成にとって二度目の浦和区への転配であった。, その後、2008年(平成20年)7月から12月にかけて、京浜東北線・根岸線へのE233系1000番台投入に伴い、ウラ81 - 84編成(クハ209-517,513 - 515以下4編成)は浦和電車区から京葉車両センターへ転出した。これらは京葉線用として2008年(平成20年)12月1日以降順次営業運転を開始し、同線の201系の非分割編成を置き換えた[29]。, 当初の計画では京浜東北線・根岸線用の本番台は全5編成が京葉線に転属することが決まっており、4編成については予定通り京葉線用に転属した[30] 。しかし、山手線においてホームドアを導入することが決定しており、同線のE231系500番台の6扉車(サハE230形500番台)を廃車にするために新津車両製作所において代替用4扉付随車(サハE231形600番台・4600番台)の製造を開始した。その際、三鷹車両センター所属のE231系0番台1編成(B27編成)が東京総合車両センターに転属の上、この代替用4扉付随車の配給輸送用として使用されることになった。, このため、将来の京葉線列車増発用として転属を予定していたウラ80編成(クハ209-516以下1編成)は変更により、前述したE231系0番台B27編成が転出した分の補填用として2009年(平成21年)12月に三鷹車両センターに転属させた[30]。, 京葉車両センターに配置された京葉線用10両編成4本のうち3本は、同線へのE233系投入に伴い[31]、順次、サハ2両を廃車して武蔵野線に転用され[32]、2010年(平成22年)12月4日のダイヤ改正より武蔵野線での営業運転を開始した[33]。余剰となったサハ6両(3編成分)は2010年(平成22年)9月から2011年(平成23年)1月にかけて順次廃車となった[34]。, 2017年11月から2019年6月にかけて、中央・総武緩行線へのE231系500番台転入に伴い、三鷹車両センターから転出した。, E217系と同じく制御装置・機器類の更新をすることが2006年(平成18年)12月5日に、自動放送装置の整備をすることが2007年(平成19年)3月6日に、それぞれJR東日本のプレスリリースで発表され、三鷹車両センター所属車については、2008年(平成20年)6月27日に自動放送装置の取り付けが完了した。2016年(平成28年)から京葉線所属車より機器類の更新工事を開始している。, このグループの前面排障器(スカート)は2009年(平成21年)内に全先頭車がV字に尖がった形状の大型排障器(スカート)に交換されている[45]。, 常磐緩行線と帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)千代田線の信号保安システム更新に伴う列車増発に伴い、1999年(平成11年)12月4日のダイヤ改正から営業開始した番台区分である。, 当時の営団との相互乗り入れ協定に準拠した地下鉄直通仕様の2,800 mm 幅車体で、先頭車の長さは中間車と同一としたため第1ドア・第2ドア間の間隔が短くなっており、その間の座席が6人掛けであるのは500番台と同様である。台車中心間距離については0番台と同様の 13,300 mm であるが、雨樋端部が千代田線内での車両限界に抵触するために先端が斜めに削られている。地下鉄線内における非常時の脱出用として先頭車前面には非常口(プラグドア)を設置し、乗務員室内に格納式の非常用ハシゴを搭載する(格納枠に収め、乗務員室仕切上部に収納)。, 車体の帯は、落成当初に同線で共通運用されていた203系や207系900番台(共に現在は廃車)に合わせて窓下部にのみ■エメラルドグリーンの帯を配しており、窓上部には配色がなかった。, 従来の旧国鉄・JR車両と同様、代々木上原から小田急電鉄に乗り入れ運用はなく、JR車両を小田急線への直通運転に対応させるための改造工事はE233系2000番台が対象であり、当車種は計画に含まれなかった[47]。2016年(平成28年)3月25日まではE233系2000番台と区別されることなく共通で運用に就いていたが、同26日のダイヤ改正からE233系2000番台が小田急線に乗り入れるようになったため、改正後は小田急線に乗り入れない運用に限定されており、先頭車前面にEと書かれた丸型のステッカーが貼られていた。, 基本的な機器構成は同時期に製造されていた500番台に準じているが、主電動機はE231系と同一のMT73形に変更されている。さらに相互乗り入れ協定に必要な性能を確保するため、電動車の比率向上 (6M4T) により起動加速度を 3.3 km/h/s に強化し、常用最大減速度と非常減速度は 4.7 km/h/s を確保している[48]。編成中の7号車には千代田線用の誘導無線送受信機と妻面・床下に誘導無線アンテナを設置している[48]ほか、パンタグラフは剛体架線に対応したPS21形を搭載していたが、現在はシングルアーム式パンタグラフに交換されている。電動車比率の高い本番台では編成中にモハ208形が3両連結されるが、補助電源装置(SIV)、空気圧縮機は編成中2台で十分なことから5号車のモハ208形はこれら補機を準備工事としている。, その他の仕様は500番台に準じており、車内では車椅子スペースの位置が営団車に合わせて2・9号車に設けられている。, 側面の行先表示器は行先と路線名を3秒ごとに交互表示する仕様で、路線名の部分は「常磐線・各駅停車」「千代田線直通・各駅停車」「常磐線直通・各駅停車」(それぞれ「・」を境に2段表示)と表示される。行き先は路線名の表示方式ごとに設定されており(路線名を表示せずに行先のみの固定表示の行先表示器も設置されている)、通常は綾瀬駅で適宜切り替える。また、案内装置は千代田線内でもJR線と同様の表示が行われているため、千代田線の駅ナンバリングには対応していなかった。しかし、常磐緩行線運用末期の2018年(平成30年)に行われたROM更新により、案内装置が常磐緩行線・千代田線の駅ナンバリングに対応するようになった。, 2018年(平成30年)10月13日に「ありがとう209系常磐線各駅停車引退の旅」を実施し[注 9]、常磐緩行線の運用から撤退。その後12月以降、中央線快速で使用されているE233系へのグリーン車組み込み12連化工事に伴う予備車確保の関係で、豊田車両センターへの転属が決定した[49]。同年11月5日、マト81編成が帯をオレンジに変更(中央線E233系に合わせ窓上部にも帯が追加された)の上、豊田車両センターへ回送された[50](転属は同年11月2日付[40])。追って82編成も改造工事が行われ、2019年(平成31年)1月25日に大宮総合車両センターを出場して豊田車両センターに回送された(転属は同年1月24日付[40])。同年3月16日のダイヤ改正より営業運転が開始された。, 2005年(平成17年)に八高・川越線八王子 - 高麗川 - 川越間に投入された番台区分である。現在、2編成が3000番台とともに川越車両センターに配置され、八高・川越線の八王子 - 高麗川 - 川越で運用されている。なお、川越車両センターを出庫する電車の一部は、南古谷駅 - 川越駅間でも営業運転を行っている。, 同線の103系3000・3500番台を置き換える際、当初は全編成を205系3000番台(4両編成7本)で置き換える計画であった。しかし、2004年(平成16年)10月16日ダイヤ改正において埼京線と東京臨海高速鉄道りんかい線の相互直通運転の拡大が実施され、その際JR東日本では埼京線205系10両編成1本の車両増備が必要となった。このため、205系3000番台の最終的な配置は4両編成5本に計画変更された[51]。, この不足分を補うため、東京臨海高速鉄道70-000形全車10両編成化に伴う編成組み替えの際に余剰となった70-000形の先頭車4両と中間車2両の計6両をJR東日本が購入し[注 10]、八高・川越線向け改造したのが本番台である。不足する中間車2両については翌2005年3月に川崎重工業で新規に製造し、4両編成2本の計8両を本番台とした。, りんかい線からの6両は、民鉄・第三セクター鉄道に在籍していた車両がJR車籍に編入された最初の例である[注 11]。元々東京臨海高速鉄道70-000形はJR東日本の209系を基本仕様として製作された車両であり、制御機器類は共通で運用されている3000番台と同一仕様である。編入にあたっては以下のように改造が施工されている。, ハエ71編成は、先頭車が70-000形からの編入車である。中間電動車(モハ209・モハ208-3101)は新製車で、すでに新製が次系列のE231系電車に移行している時期であったが、あえて本系列で新製され、GTO素子を用いたインバータ装置を搭載している他、車内の内装と座席の色を先頭車に合わせている。この2両が本系列最後の新製車となった。, ハエ72編成は全車が70-000形からの編入車であるが、先頭車の扉上部にある車内の旅客案内表示器は全扉配置のままとなっている。中間車は2002年(平成14年)製で、案内表示器は70-000形時代は千鳥配置となっていたが本番台へ改造の際には未設置の箇所にも追加され、ドアの構造がハエ71編成と同様に異なっている。, 千葉支社管内で運用されている113系・211系[注 12]置き換え用に導入された車両で、10両編成を組成していた0番台を4両編成または6両編成に組成変更したものである。帯色は同支社管内の211系に準じた■■黄色と青色の房総色である。, ドアエンジン方式の差異から、空気式ドアエンジン装備車(種車が0番台1・2次車)は2000番台、電気式ドアエンジン装備車(種車が0番台3次車以降)は2100番台に区分されている。, 6両編成の車両については、元々の10両編成からサハ4両が単純に取り除かれたものであるが、4両編成については他の編成の先頭車と電動車(中間車)から再組成したものも存在する。そのため、4両編成の先頭車の一部には2000番台の空気式ドアエンジン車両と川崎重工業製車両(空気式・電気式の両方)が含まれる。なお川崎重工業製の中間車は車体構造の都合で転用対象外となった。, 外観では行先表示器のLED化、排障器(スカート)を強化型へ交換、併結運転のため、全ての先頭車に電気連結器と自動解結装置が搭載されている。また、2000番台の先頭車には蓄電池と整流装置 が搭載されていなかったため、廃車となったモハ208形から流用された[53]。, 車内は先頭車両の客用ドア間の座席をセミクロスシートへ改造、「ドア3/4閉スイッチ」の設置、2号車に組成されるモハ208形への車椅子対応の大形トイレ(真空式)設置も行われている[54]。さらにトイレ設置に伴い窓が埋められ、床下には汚物処理装置も搭載された。車内非常通報装置は警報式から乗務員と相互に通話が可能な通話式へと変更した。次に述べる機器更新などにより、特にトイレが取り付けられたモハ208形の自重は改造前の 29.9 t から 31.5 t に増加した[53]。, このほか、転用改造に合わせてE217系と同じく主要機器の更新工事(機器更新)を実施した。